ITの世界は技術革新の速度が速く、ともすれば費用倒れになりがちだ。
ネット証券も例外ではない。
いかに他社の追随を許さないサービス、システムを生み出すか。
生死を分ける戦いは続く。
「証券業に新規参入する際、営業以外の業務は当社に任せれば大丈夫」。
D 証券ビジネス社長のT は自信満々に語る。
証券会社のすべての事務の代行を手掛ける"日本版クリアリングファーム"への転換が成功しつつあるからだ。
東京・日本橋にあるビルの1室。
パソコン画面を前に女性職員らが、ネット証券会社から送られてきた顧客情報をてきぱきと打ち込む。
ネット証券の事務委託を一括で請け負うことをねらい、2001年7月に設立した「IT業務部」の光景だ。
口座開設から帳簿の保管・廃棄まで手掛け「すべての大手専業ネット証券と取引がある」ところまで拡大した。
04年には T、O、S、S 証券取引所の取引参加資格を取得。
売買注文を取引所に取り次ぐ業務にも参入できるようになり、本格的なものとしては日本初となるクリアリングファームとしての体制を整えた。
クリアリングファームは、ブティック(専門会社)を中心に7000もの証券業者がしのぎを削る米国では一般的な業態だ。
ブティックの多くは経営資源を商品開発や営業に特化し、裏方の事務作業は外部に委託するからだ。
約8割がクリァリングファームを利用しているとされ、直接金融のインフラになっている。
D は、もともとは大阪発祥の名義書き換えの取次会社。
収益の大半を大阪の証券界に依存し、旧大蔵省の天下りが歴代の社長に就く、いわば半官営の企業だった。
1990年代半ばからは、株券の証券保管振替機構への集中が進み、株券の保管など従来の業務だけでは先細りなことが明らかだった。
当時から社内には危機感があり、バックオフィスの代行業への変身を模索したりしていた。
そんな危機感を前向きなエネルギーに変えたのが、2000年に就任した T だ。
01年のIT業務部の設立、03年の NCサービスの子会社化、04年の証取の取引参加資格の取得など矢継ぎ早に改革策を打ち出した。
旧大蔵省証券局流通市場課長などを務めた大蔵OBだが「これまでの天下り社長とは違う」と、社内の雰囲気は一転した。
新しい事業に向かうに当たり、新しい血も積極的に入れた。
社員500人のうち4割は中途入社で、大半は T になってからの採用だ。
証券会社の統廃合が進むなか、熟練した人材をすくい上げ、バックオフィス業務などを拡大する原動力にした。
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